【ロレンツィ家SS】チョコレート

コミックス1巻の内容以上のネタバレはしていませんし、読んでも読まなくてもストーリーに差し障りはないので安心してください(?)

時系列は進水式の前あたりです。


***


「はい。あげる」


 廊下で行き合ったアルバートから、ぽん、と突現渡されたのは綺麗な箱だった。


(……?)


「たまたま手に入ったんだ。食べていいよ」


 それだけ言って、さっさと行ってしまう。


 屋敷の外ではにこにこ笑ってリタに接してきたくせに、いざリタが屋敷に滞在するようになると《どうもありがとう》とスケッチブックに書く時間さえ与えてくれないらしい。


(食べていいよっていうことは、お菓子とか……よね?)


 上品な濃紺の包装紙がかけられているので、また指輪やアクセサリーや高価なものでも渡されたのかと思った。


 日中、人が出払っていてがらんとしている食堂に入り、お茶を一杯貰ってきてから包みを開ける。……ありえないとは思うが、アルバートがリタに毒の入った食べ物を渡そうとしている可能性だってあるからだ。


 よくわからないものを口に入れて、部屋でひっそり苦しむ羽目になったら嫌だ。

 そう考えるほどにはリタもアルバートのことを信用していない。爆発物でも開けるように、慎重に包みを解いて箱を開けた。中身は――チョコレートだ。


(わ……、可愛い)


 仕切りをつけられた箱の中に一口サイズのチョコレートが並べられている。


 つるんと艶のあるハート形、丸くて白い粉砂糖のかかったものに、チョコレートでコーティングされた表面に砕いたピスタチオの欠片がのっているもの……。まるで十二粒の宝石だ。包装紙から受けた印象通り、ちょっぴりお高そうである。


(た、食べていいのかな)


 食べるのが勿体無い気がして、ためつすがめつ眺めてしまう。


 そうこうしているうちに人が入ってきたのでドキッとした。

 複数人の構成員の中に、背が高くて威圧感のあるエミリオが混ざっている。伸びた前髪のせいで影のある目元がリタを捉えた途端、彼は破顔一笑、ニカッと歯を見せてこちらに近づいてきた。


「お、リタじゃねえか。何食ってんだ?」


 向かいの席にどかっと腰を下ろされる。友人のように気安い態度をとられているが、数えるほどしかやり取りをしていないエミリオを前にリタは少し緊張した。


《アルバートがくれたの》

「へー」

店名が印字されているカードをエミリオが手に取った。


「ここ、あいつが好きな店だもんな」


《そうなの?》


「ガキの頃からよく貰ってるぜ。なんだったかなー、なんかどっかで『好きな食べ物は?』って聞かれたときに、この店のチョコレートって答えたんだよな。そしたら、機嫌取りにみんながこの店のチョコレートを持ってくるようになってうんざりしてたけど」


 アルバートらしいエピソードだった。


(……そっか。じゃあこれも貰い物なのかな)


 食べ飽きているからリタにくれたのかもしれない。


 エミリオから話を聞いて腑に落ちた。頻繁にもらうのならと遠慮なく一粒つまんで口に入れると、上品なカカオの香りがふわりと口に広がる。


「――でも、この店、こんなラブリーなヤツも売ってたんだな。いっつも、アーモンドの入った丸い奴ばっかり貰うのに。すげー女子向けじゃん」


(…………)


 それは。

 わざわざリタ宛に誰かが持ってきてくれたということ? それとも、まさかとは思うがアルバート自ら店に作らせたのか、はたまた偶然目に入ったから買ってやろうとでも気まぐれを起こしたのか。


(……わからない)


 アルバートのことは相変わらずよくわからない。

 リタの舌の上でチョコレートが溶ける。


 甘いチョコレートの殻の中には、少しほろ苦いガナッシュクリームが詰められていた。

Etude.

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