【ロレンツィ家SS】愚かな夜に
本編終了後の二人です。
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今夜は会合があるから遅くなる。アルバートがそう言うときは、たいてい日付を跨いで帰ってくることが多いはずなのに。
寝間着の上を羽織って階下に降りる。
顔色はふつうだが、周囲にはアルコールの匂いが漂っている。
アルバートが酔って帰ってくるなんて珍しい。
「ほらほら、こっちにおいで」
上機嫌らしいアルバートに手招きされて苦笑する。
ガチャン! といきなり右手に手錠をかけられて仰天した。
「⁉」
油断って何。
(よ、酔っ払いの言動……)
困惑するリタに構わずアルバートは笑い続け、繋がれているリタは立ち尽くすしかなく。
「あらまあ……。アルバート様、ずいぶんと飲んでお帰りになられたんですねえ」
アルバートの奇行には触れず、マーサが水を取りに出ていってしまう。
(えっと、これ、外してくれない……?)
リタは右手を持ち上げ、アルバートに視線で訴えた。
マーサと話したことでいくぶんか冷静になったらしい。「ごめんごめん。ただのおもちゃだよ。びっくりした?」といたずらっ子のような笑みを浮かべてポケットをごそごそと探っている。
洒落たスーツの中に銃やナイフを隠し持っていることは知っていたが、手錠まで持っていたのか。今後、縄だの麻酔薬だの、良からぬものが出てきても驚かないぞ……と思っていると。
「あれ……?」
表情を曇らせてアルバートが立ち上がる。
シャツの胸ポケットを探り、ジャケットのポケットに手を突っ込み、「おや?」と首を傾げる仕草にリタは一気に不安になった。
(え、まさか、手錠の鍵をなくしたとか言わないわよね⁉)
しらふのアルバートならそんなミスしないだろうが、酔っ払っているせいで様子のおかしいアルバートならありえる。
狼狽えるリタがおかしかったらしい。アルバートは安心させるように微笑んでみせた。
「……心配しないで。ちゃんと予備はある」
(それならいいけど……。いや、そういう問題でもないけど……)
「僕の部屋にあるから。一緒にきて」
(もしかして、もう酔いは醒めてる?)
アルバートの部屋に入るなり、ぎゅっと抱きしめられた。
「ふふふ。だめじゃないか、リタ。こんな夜更けに男の部屋についてくるなんて」
自分がその状況を作った張本人だということを棚上げして、愉快そうに笑う。
無いと言っていた鍵は、アルバートのポケットの中から簡単に出てきた。部屋に誘い込むのが目的だったらしいと理解したリタはうっすら頬を赤く染める。
鍵を差し出したアルバートは、リタの左手にそっと握らせた。
「はい、どうぞ」
暗闇で鍵穴も見えづらく、鍵を持たされているのも利き手と反対だ。
酔って帰ってこようがもう心配なんてしてやるものか。
心に誓ったリタが奮闘していると、
思わず手を止めたリタがアルバートの顔を見上げると、切なそうな顔をして微笑んだ。
――アルバートが遅くなる日は、何となく帰ってくるのを待ってしまう。
毎回、階下に出迎えにいくわけではないけれど、帰ってきたことを確認してから部屋の明かりを消すのが習慣になっていた。
(わたしが勝手に待っているだけだから、いいの)
首を振ると、アルバートは苦笑してリタの髪を撫でた。
(……やっぱり少し、酔っているのかな?)
そういうことにしておこう。きっと、アルバートは酔っているがゆえに言うつもりのないことを言ってしまったと思っているはずだから。
交わされるキスにたどたどしく応えながら、リタは今夜もアルバートが無事に帰ってきてくれたことに安堵する。
握ったままの鍵が温まっても、手錠はまだ、解けないままで。
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